人工股関節置換術におけるリスクと合併症

人工股関節置換術は股関節の痛みを軽減させ、日常生活動作を向上させることが可能な素晴らしい手術です。最近では長期臨床成績も良好で安定している報告が多くされてきています。

しかしながら、どんな手術でも100%の手術はありません。

ここでは、人工股関節置換術におけるリスクと考えられる合併症について説明します。

脱臼

人工股関節置換術後における合併症として、最も起こりやすい合併症が脱臼です。
正常な状態での股関節では、股関節を支えている周辺の筋肉によって守られているので、普通脱臼することはありません。
しかし、手術のあとで周辺の筋肉が弱っているときには、脱臼が起こりやすくなります。
手術後に脱臼の起こる頻度は0.5~6%程度といわれています。
脱臼の多くは患者さん姿勢を注意することにより防ぐことが可能になります。その際の姿勢は手術方法(切開した場所)により注意点が異なりますので、以下に説明します。

前方の切開の場合

次のような姿勢は脱臼の危険性を高めますので、十分に注意する必要があります。

○寝ている際に、手術した肢を上に交差させる姿勢。
○手術した足と反対側にあるものを取ろうとして手を伸ばす姿勢。
○低い椅子から急に立ち上がる姿勢。
○足を組む姿勢。

後ろを切開した場合

股関節を内転・内旋位にしたときに脱臼の危険性が最も高くなります。
しゃがみ込んだ際に膝が内側に入ったりする姿勢は注意していても起こりやすいので十分注意が必要です。
なお、人工股関節置換術後に脱臼を何度も繰り返す場合は、再度手術が必要になる場合もあります。

深部静脈血栓症・肺塞栓症 (しんぶ じょうみゃく けっせんしょう・はい そくせんしょう)

深部静脈血栓症とは、下肢の静脈に血栓(血の塊)が生じてしまい、血管をふさいでしまうことです。
そのため、血流が悪くなり、下肢がむくんだりふくらはぎが痛んだりします。同様な病態ではエコノミークラス症候群(旅行血栓症)があります。こちらのほうがなじみ深いかもしれません。
これは、飛行機などの乗り物で長時間足を動かさないでいるときにもおこります。
この血栓が急に動いた時などにはがれしまうと非常に危険な状況になることがあります。
はがれた血栓が血流に乗って肺まで到達してしまうと、肺の血管をふさいでしまいます。これを肺塞栓症といいます。
肺の血管がふさがると、血液ガスの交換(二酸化炭素と酸素の交換)がうまくおこなわれなくなります。そのため、呼吸困難や胸の痛みを感じるようになり、時に生命を脅かす重篤な症状を引き起こす可能性があります。

深部静脈血栓症の予防

人工関節置換術後の深部静脈血栓予防のために、一般的には以下の方法がとられています。

間歇的空気圧迫装置

手術前後にかけて、一定の時間をおいて下肢の血管を圧迫する装置で、血栓を予防する効果があります。

薬剤

血栓をできにくくする薬剤で低用量未分画ヘパリンを投与したりします。

弾性ストッキングの着用

これは非常に弾力性の高いストッキング(靴下)で、下肢の血管を圧迫して、足先から心臓へ戻る血液の流れを助ける効果があります。

ストレッチ

術後に患者さん自身ができる予防法として、足首の曲げ伸ばし運動があります。これによって、血流を良くする効果が期待できます。

血栓症のリスクが高まる要因

  • 悪性腫瘍
  • 膠原病
  • うっ血による心肺機能停止
  • 下痢
  • 肝炎
  • 甲状腺機能不全
  • 黄疸
  • 栄養不良
  • 壊血病
  • 肝臓病
  • 出血異常
  • 静脈瘤
  • 加齢
  • 血栓症歴がある方

細菌感染(化膿)

人工関節置換術をおこなううえで、どうしてもゼロに出来ない合併症が感染です。
多くの報告で感染率は1%程度であり、早期に治療すれば問題なく治癒できます。
しかし、時に感染が深部で起こると治療に難渋してしまい、時にせっかく入れた人工関節を抜きとらなくてはいけなくなってしまいます。
なぜなら、人工関節は生体親和性が高く生体となじみやすく作られています。そのため、細菌が人工関節に膜(バイオフィルム)を作ってしまうことがあります。
また、人工関節には当然血流がありません。そのため、抗生剤を投与しても効かず、細菌が増殖してしまい、感染が治りにくくなってしまうのです。
術後感染すると手術した部位の皮膚が赤くなったり、腫れたり、膿が出たりします。早期に治療すればほぼ治癒しますので、感染が疑われる場合はすぐに治療を開始することが大切です。
なお、感染は人工関節置換術後の早期だけに起こるわけではありません。
術後、ある程度年月を経てからおこるものとがありますので、患部の熱感や腫脹、浸出液など感染を疑うような症状がありましたら、すぐに専門医にかかることをお勧めします。

人工関節のゆるみ、磨耗(まもう)、破損など

長期にわたり人工関節を使用していると、人工物がゆるんだり、磨耗(磨り減ること)したり、破損する場合があります。
人工関節の固定がわるくなって生じてきます。人工関節が少しずつすり減ると磨耗粉(まもうふん)が生じます。
この磨耗粉が周辺の骨を溶かすしたりする骨融解(こつゆうかい)をおこす原因となる場合もあります。人工関節置換術後にこれらの磨耗や破損が起こっていても全く症状がでない場合もあります。
そのため、人工関節置換術をうけた患者さん痛みなどの問題が特になくても、定期的に受診を続けることが大切です。

人工材料に対するアレルギー

非常にまれではありますが、人工物の金属などにアレルギー反応を示す方がいます。
以前に金属アレルギーなどの既往があるかたは、そのことを手術前に医師に必ず伝えて頂くのが良いでしょう。
ちなみに、アクセサリーなどに対する金属アレルギーなどがある方でも、人工関節では反応をおこさない場合がほとんどです。これは人工関節で使用されている金属が人体への影響が少ないとされているからです。

人工股関節置換術特有の合併症

人工股関節置換術の合併症の多くは、人工膝関節置換術の合併症と共通しています。
しかし、人工股関節置換術に特有の合併症があります。脱臼はほとんどが股関節置換術後に起きますが(人工膝関節置換術後にも非常にまれに起こることがあります)。

坐骨神経・大腿神経障害

人工股関節置換術は、は下肢の知覚や運動をつかさどる神経(坐骨神経、大腿神経など)の近くで手術操作をします。
当然、これらの神経に障害を与えないように十分注意して行いますが、人工股関節置換術後に手術側の下肢、あるいはまれに反対側の下肢にも異常知覚や感覚低下、運動障害などの神経障害徴候が出る場合があります。
多くの場合は一過性ですが、回復までにある程度の時間がかかったり(6ヶ月ほど)、非常に稀ですが、完全に回復しない場合が(約0.25%)あります。
手術後、定期的に診察を行うことは、どんな小さな問題でも、早期に発見する為にはとても
重要ですので、人工関節置換術を受けられた方はかならず定期的に受診されることを勧めます。
人工股関節置換術の利点
人工股関節置換術によって、痛みの原因となっていた関節は滑らかな動きを取り戻すことができます。

つまり、人工股関節置換術のもっとも大きな利点は「痛みからの解放」と言えるでしょう。
もちろん、それに付随する利点も多くあります。痛みは人にとって非常大きなストレスです。

この痛みから解放されることによって、痛みのない歩行が可能になります。
関節の可動域も大きくなることも期待できます。
その結果、いままで出来なかった趣味を楽しむことも可能になりますし、旅行などにも行けるようになるでしょう。

実際に手術後にスポーツや趣味を楽しむ方も少なくありません。
ただし、無理は禁物です。手術後の経過が良いと、自分が人工股関節置換術を受けたことを忘れてしまう方もいます。

ついつい無理なことをしてしまったり、体重のコントロールをせずにいると、耐久性が落ちたり、脱臼などのリスクを高めてしまいます。可能であれば、万歩計などを使用して日常生活における活動性をチェックすることが望ましいでしょう。

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